原田俊介のページへ

私の心に楽しかった昔が、次々に現れては消えた。「妹よ、お前は確かに抜群に美しかった。しかし、俺が、それだけで、お前に

恋をしたと思っているのか?お前は優しい女だった。たとへ、お前が二目とは見られない女になっても私は、この目を潰して、お前

を愛する。愛する女よ芝居は止めて出ておいで」と妹に心で語り掛けていた。

 私は、女と公園の池の橋の真ん中で会おうと約束していたが妹の事を考えていた次の瞬間、ふと見ると女は私を認め手を振ってい

た。

 「考え事をしていて気付かなかった」と私。「待ちましたか?」と女、「ええ、ほんの少しだけ今日は貴方にモデルになってもら

おうと思って、スケッチブックを持って来ました」「私を書いて下さる嬉しいわ」 私達は池の回りを、ゆっくりと一周しながら眺

めを楽しでボート乗り場の横を通って弁財天を右に見て武蔵野の面影を残す小さな林を通り抜け、自然文化園に入った。彫刻館の彫

刻を見た後、長崎の平和の像の在る建物の2階で私は女を書くことにした。 女の服装は、真っ直ぐなシルエットの美しいロング

コート、色は湖に溶けるような、やや深い青のウールだった。

袖はドルマンスリーブに小さな襟を囲む、肩のラインは黒のコントラストが施されていた。 コートを脱ぐとグレンチェックの灰色

の上品で知的なダブルのスーツと、ややロングなタイトスカート深いワインレッドと、それより、やや薄いレッドを縱縞でアクセン

トを付けたステンカラーのネックラインのブラウスと、それと対になったタイ。
 私は、ジェコンダ婦人の様に手を前に組ませて似

顔絵を書きはじめた。似顔絵はあまり
にも簡単だった。長い髪、美しい顔、私が子供の時から書き続けた顔だからだ。「出来まし

たよ」「どれ、見せて、わっ………似ているわ」女は嬉しそうだった。

 私は「吉祥寺の街で、ぶらぶらして食事でもしましょう」と言うと、女は「ええ」と答えた。公園通りを歩き吉祥寺へ、大きなア

ーケードと人込み、食事を終え楽しい時間は瞬く間に過ぎた。

 また陽が西に傾き掛けている街を歩いていると、女は「善福寺池公園に行きましょう」と言った。私達はタクシーで東京女子大付

近で降りて公園まで歩いた。古びたこの大学を左に見て行くと公園はあった。

 静かで寂しげな池の在る、この公園を冬の寒さが一段と寂しくしている。さらに公園内を行き、道を渡ると道で区

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