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今はどうしようもないことを知っていたのかもしれない。

 兄はその頃よく帰りが9時10時で帰る時は、私は酔ったまま風呂に入り寝ていた。兄も私に特に何もいわなかった。妹が死んで3

ケ月程、経った給料日の夜。私は相も変わらず酒人生だった。両手に缶麦酒を持って左手で飲みながら秋も近い新宿の花園辺りを、

ぶらぶらしていると、安いお触りキャバレーの看板が眼に入った。

 店内は薄暗い、下品なやたら大きな音楽、キラキラ光るミラーボールが在った。席に案内されると私は全身が冷たくなって酔いが

覚めた。今は1つになっている缶麦酒の飲みかけの空に近い缶を思わず床に落とした。

「馬鹿な!」妹だ。股下擦れ擦れのスリップ姿の女。「おい、なんでお前こんな所でホステスで働いているんだ」と腕を捕まえ外に

出そうとすると。「なにするのよ、あんた、なに」「お客さん」と店長が来る。

 『妹は死んでるんだ』その現実の記憶に、我に帰った私は「済まない、あまりに妹に似ていたもんだから」「やあね」とその女は

言った。

私は飲み始めた。「触ないの」女は言った。「いや、酌をしてくれ」あいも変わらず早いペースで麦酒を飲む。「何て事だ、なあ、

お前」と自問自答する。たとえ女優の世界でも群を抜く、信じられない美女だ妹は許せない。たとえそれが妹に似た女でも、こんな

所に居ることが……。

ところで女に、初め妹の事を聞かれたが、「よそう」と言って答えなかった。そして下らない冗談話で暫くたった時、突然、「俺と

結婚しない
か?」と女に言った。

 女は余りの事に飲みかけの麦酒を吹き出して笑いながら「馬鹿ね、本気それとも空かっつての、それとも妹に似てるから?」「本

気だよ、お前だけは、ここに居させない、お前だけは、たとえ俺が殺されても……また来る」

私は席を立ち、金を払って行こうとして、女を見ると、女は立ちんで私を見ていた。私は爽やかに、にっこり白い歯を見せて笑った。

 女はグラスを手にじっと、まだ私を見ていた。私は振り切るように直ぐ店を出た。「神様の巡り合わせだ、俺はあの女に妹の罪滅

ぼしをするんだ」と呟いた。

 妹の形見の髪を左の胸のポケットから取り出して「お前の生まれ変わりに会ったよ」と優しく語り掛けた。

私は在る決心をした。そして近所の赤電話から電話を掛けた。「もしもし姉さん今晩、遅くなる帰らないかもしれない」「え……お

前、今、どこ?」と尋ねる声も尻目に電話を切った。

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