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でも買って来てやる」と私は言った。「今日の夕方には東京を出るのね」と妹は言った。「ああ、姉さんと兄さんには悪いけど、も

うこうなったら自棄っぱちだ直ぐに心中という訳では無が死を覚悟の逃避行だ、でも、だ

いじょぶだ最後には俺が死んで責任を必ず取る、お前はその時になったら必ずどんな事が在っても生きるんたぞ」と言った。

 私はバイオリン、ビオラのケースを抱え家を出て行った。妹は見送った。まるで、これが最後の別れの様に沈んだ顔で。右手を高

く上げ背伸びをするように手を振った。私は左手にバイオリン、ビオラを一緒に持って曲がり角の所で右手を高く揚、振った。

突然、妹は「お兄ちゃん」と言った。私は軽く頷いて一気に曲がった。私達にはたった2〜3時間の別れさえ辛かった。 質屋、銀

行、切符の購入、妹の土産その他で以外にどこも不思議に時間が掛かってしまった。もう3時近い。家に帰って戸を叩くと妹は出な

い。鍵で戸を明けると、ぷん、と鼻を突くガスの臭い。「どうしたんだ」と見ると。

私が人生で一番愛した女、この女の為だったら身が膾裂きになって命を奪われても惜しいと思わない女、永遠に、たった1人の花嫁

が台所に布団をひき横たわっていた。

 「馬鹿な!そんなことが」直ぐ襖を開け部屋中の戸を開け、「おい、おい」と、激しく体を揺さぶった。「ああ」そして傍らのメ

モを読むと。「お兄ちゃんを死なせることなんか出来ない、私1人で行く、あの世なら誰とでも一緒になれる。私、必ず待っていま

す」と書いてあった。


 そのメモの字はたちまち曇っていった。私は妹の体を渾身の力を振り絞って抱き、大声を出して泣いた。近所の人が駆け付けて大

騒ぎとなった。私は妹を抱きながら歌った。

 「海の底には悪魔が山の彼方には魔神が住むという、海の神が乙女の海を風で起こして怒らせ津波を立てても山の神が地を震わせ

雷を起こし山崩れで押し殺そうとしても、その向こうにお前と2人の幸せが在るのなら戦うだろうどんな英雄よりも強く逞しく。


私の魂に百年、千年、万年、未来永劫、生きる乙女よ教えておくれ夢の中で教会の巨大な塔は崩れ大いなるなる毘盧遮那仏の壮麗な

伽藍は朽ちかけて汚い沼に沈もうとしている、どうしたらいい?私は百度オルヘウスになってお前を迎えに行くから見捨てないで私

の乙女よ」と激しく絶唱し激しく泣いた。

 私は僅かの間に2人の愛する肉親を失ってしまった。母、妹。後悔、罪悪感が一遍に私を襲う。死のうと考える。

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