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瞳の下の涙を拭ってあげると妹も歌った。

「比べこし振り分け髪も肩過ぎぬ、君ならずして誰かあぐべき」と。 2人の熱を放つ高まりは、たとえここに雪女がいて全てを凍

えさす息を拭きかけたとしても高まりの火炎で春の微風としか感じなかっただろう。2人は抱きあった。一部の隙もないほどに、

まるで彫刻の様に堅く、堅く、堅く。

 もう止められない高まり、求めあう洪水の様な激情は地球、全てを覆ったノアの洪水よりも激しい勢いの様に思えた。明日、7月

7日の七夕に2人は結ばれる。2人は言はずとも、その定めを知った。明日の、その日七夕は妹の17歳の誕生日でもあった。

 「帰ろう心配するから」「うん」2人は家路に急いだ。その帰路は兄妹でなく心の通い合った恋人同志だった。

その日は遂に来た。1998年7月7日木曜日、家族のいなくなつた蒸し暑い朝の家で密通した。夢にまで現れた肌に触れ終わって

歌った。

「足引きの山田を作り山高み下樋をわしせ、下娉ひに吾がう妹を下泣きに吾が泣く妻を昨夜こそは安く肌触れ」さらに続けて「笹

の葉にうつや霰
れの、たしだしに率寝てむ後は人は離ゆともうるはしと、さ寝しさ寝てば刈薦の乱れば乱れ、さ寝しさ寝てば」と。

 「七夕、彦星と織姫は1年に一度しか会えないなんて可愛そう、私達は何時でも会えるわね」と妹はいった。「ああ」と私。そし

て「天に
在っては願くはの比翼鳥と作らん」と睦言を言うと、すかさず「地に在りては願くば連理の枝と為らん」と言った。しかし

、2人は
この結婚が認められない事を誰よりも知っていた。

 「心中しよう道後温泉で」と私が言うと、妹は躊躇う様子もなく大きく頷いた。「そうだ」私は急に思い立って。「これから新宿

に行って道後温泉までの切符を買って来る」と少しでも肌に触れていたい、という未練を断ち切るように身支度を始めた。妹も身支

度を初めて私も行くと言った。「どうせ死ぬんだから少しは温泉に浸って、のんびりして楽しもう。お前は一緒に行きたいたいだろ

うが俺の出掛けている間に食事をして旅行道具を揃えておいてくれ」と幾らかの金を渡した。「まず金を降ろして食事をして、

そうだ、質屋にビオラとバイオリンでも入れて足しにしよう、お前は俺の本を出来るだけ出しておいてくれ古本屋に旅に出る前に売

るから」「うん」「じゃ新宿で切符を買って来る、これじゃ自転車にも乗れないが2時間ぐらいで帰って来る、そうだ、土産に美味

しいケーキ

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