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「桜の神話 第2部」

雛祭りの迫っていたある日、母は「今度の雛祭りには、何かお前の好きな食べ物を拵えてあげよう」と言った。 「なにがいい?

」私は即座に「海苔巻がいい」と答えた。私は食事の好みは好き嫌いの全くない男であったが、しかし、妙にこの海苔巻、特に母の

作るぶっとい乾瓢巻だけは大好物であった。

 雛祭りの日、母は妹と約束通り信じられぬほど多くの海苔巻を作った。それも今まではただ乾瓢巻だけだったのがその日は河童巻

、沢庵巻、納豆巻などの種類があったので私はひどく上機嫌で普段は食は細い方だが驚く程たらふく食べてしまった。

 「お前は海苔巻になると私の分まで食べちゃうんだから」と母は笑った。姉、兄、妹も食卓を囲んで一家団欒楽しく食事をした

。次の朝、私は残った海苔巻を朝食にして病院に出掛けた。1日は瞬く間に過ぎ、腹ぺこになりなりながら、まだ冬の寒さが残る街

もう暗くなっている夜道を自転車で急いだ。「今日は妹と母は2人で何を作ってくれたのかな」と思いながら昨日、私の好物を作っ

くれた優しい母の顔が浮かんだ。

 家に帰ると母はいない「お母さんは?」と聞くと、妹は「聞いてよ上のお兄ちゃんたら今日バイクの免許を持って行くのを忘れち

ゃったんだって警察に見付かるとまずいから電話で私に持ってきてって、行ったんだけどお前、勉強があるから、それに、次いでに

買い忘れた物もあるから私が行くてお母さん今し方自転車で家を出てったのよ、だから先に御飯を食べてって会わなかった?」

「ああ、俺と自転車で通る道が違うから」そこに姉も帰ってきて。

 「あらお母さんは?」と聞いたが同じ事情を話した。3人は食事を取り始めたが、突然、扉を打つ人が在って明けると眼鏡の警察

官が「今お宅のお母さんが道路で倒れて怪我をしました一緒に来て下さい」と言った。

私は何かすーと全身が冷たくなる嫌な予感、背筋に悪寒が走った。仲の良い近所のおばちゃんに事情を話して、母の来るのを待って

、来なければ心配して電話をしてくるであろう兄への電話番を頼み3人は家を出てパトカーに乗り病院に急いだ。車中の無線に母が

倒れた連絡が聞こえた。胸の鼓動が1つ、2つ、と漸増し、ついには早鐘のように打ち続ける不安が私を潰した。

 病院に着いた時はすでに遅かった。卒中で一瞬に命を奪われ病院に着いたときは息を引き取っていた。姉と妹は跪いて母に縋り着

いて泣いた。私は涙もなぜか茫然として暫くは出なかったが母に縋り着いて号泣する妹の肩を抱き

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