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自らも膝を屈して「泣くな、泣くな」と言いながらも母に縋りついた。万里の堤が崩れ莫大な長江の水が一気に押し寄せるように悲

しみと血涙が吹き出して慟哭して歌った。

「人は生まれる時、父を選べない、人は生まれる時、母を家族を選べない、成長して男は皆、第2の恋人(妻を探す)幼子からいた

初めての恋人よ選びもしなかった。探しもしなかったのに、どうして、どうして、ただ、母というだけで初恋にも似た貴方を愛する

のか、こよなく、こよなく、ああ、私は愛を失った」と。

 間も無く兄や親戚も着く。兄も男泣きに泣いた。私達の長い長い時間が始まった。通夜、葬式、母の名は変わった。戒名が付いた

のだ。しかし私達は今にも母が「只今」と帰って来そうで、もう戒名がついて母がこの世の人でないとは解っていても、とてもその

ことを信じられる気持ちにはなれなかった。

 数日後、私達は母が倒れた場所にせめて花と線香を手向け回向しようと4人でその場所に行った。その場所に着くと急に幼い頃か

らの母と私達の生活が心の中にパノラマのように広がった。私は幼い時、母がちょっとでも姿が見えないと直ぐ探したこと、大柄で

何時もその背丈に憧れていたこと、夜、母の帰りが遅いと外で待っていたこと、5人でがやがや風呂屋に行ったこと明るかった母を

囲んで皆で大笑いをしたこと。 優しかった母は私を一度も叱らなかった。悪さをすると私を諄々と悟して泣くので私は、母を悲し

ませまいと決して親不孝をしなかった。生まれながらの下賤で奴隷のようなこの身ならいさざ知らず平凡な家に生まれ雅な容貌にも

恵まれた人が、戦争やその他の激しい物語の渦中
に巻き込まれ、こんな道に死んだかと思うと私はがっくりと膝を落とし手を着いた

。アスファルトに「ぽたり、ぽたり」と涙が広がっていくよくも眼球が飛び出さないかと思うばかりに。

涙の作る黒い染みは模様のようになり咽泣きが増すたびその模様はアスファルトを占領していった。 また詩を歌う。

「或る物は石油を堀あてアラビアの船乗りは遠洋から冒険のはてに莫大な財宝を手に入れたという。銀河の彼方にも何時かは行ける

かもしれない見果てぬ夢も努力で叶うかもしれなぬ地の果てに離れ今は憎しみあう男女も赤い糸に結ばれていれば何時かは結ばれる

、でも、どこにどこに、幼子の魂のように貴方に憧れる男は……貴方を、どこに探せば、広い三千大世界のどこに探せばよいのか」

と歌った。

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