この“狂気に近い世界に自分を引き込む”魅力とは、裏を帰せば引き込まれた人は、この“引っ張き込んだ人”に“支配される”事に他ならないのです。
 これが天才が迫害を受けた最も大きな理由だ。“狂気に近い世界に自分を引き込む”事言い換えれば“支配される事”全ての天才ではないが、天才の一部の人々が持つこの魅力を迫害する事は或る意味では人間の自我を守るためには大変に重要な仕組みです。この力が無かったら多くの国に何百人のヒトラーが現れ、現在でも在るが退職金全部を巻き上げられ、やっと心の眼が覚めたら得る所が何も無かったと言う様な危険な新興宗教は世に蔓延した事でしょう。
 しかし、この力は天才には不幸な結果の力として働く場合のほうが多い。大衆は本能で知っている。天才を見た時、彼等が或る狂気の力を持っている人である場合が多い事を“狂気に近い世界に自分を引き込む力”下手をすると自分が“支配される”事を。人は実は驚く程自我が強い生物である。言葉を変えれば或る人物にやすやすと丸で黒魔術に掛けられた様に自分が操られるのが恐ろしいし、悔しい生き物なのです。
 だからこの力を持つ一見して普通の人間でありながら黒魔術の様なそして、その世界に入ったら二度と脱出出来ない様な。“狂気に近い世界に自分を引き込む魅惑の力”を持つ天才の力を或る人々は極度に迫害するのです。
 またこの天才が持つ心の狂気の部分(天才は本当の気違いではない)は、先程説明した満たされない性愛や劣等感の代償を求める心や人生の危機的状況に立された時の浄化の創造力と一緒になり働く、特に芸術的天才の場合には作品の創造力の原動力と成る場合が多い、だから斬新な主題や表現技巧や、これらに基々高い知的力が重なり一般人では考えも及ばない独創的作品を創作するのです。
 だが、この恐ろべき創造力は“狂気に近い世界に自分を引き込む魅惑の力”の印象をさらに強め、この天才を本能的に恐れる人々に嫌悪させる最も大きな理由になる。支配されたくはない人々の精神は“支配する事の出来る様な黒魔術とさえ感じる力”を持つ人、 天才を迫害へと追いやるのです。
 また一時天才を狂気の様に支持していた人々も、例えて言えばイスラム革命の様な熱狂をはたで見ている人々はこう思う人も多い「馬鹿じゃなかろうか!」またあれ程好きだった過去の狂気の様な恋愛体験の相手を後で思い出すと「どうしてあんな相手をあんなに好きだったのだろう?」と思う、それを帰って罪悪感に感じる人さえ在る。この目覚めは天才の力に熱狂しながら後に迫害する心理と似た物なのです。
 上記の理由が天才が迫害された理由の一つ狂気です。この力は天才にはあった方が有利です、だがこの力は“もろはの剣です”それは創造力にも、天才が人々に与える印象にもこの狂気は時として大きな力を発揮するが、天才の人生を不幸にするのも実にこの力に他ならない「馬鹿と天才紙一重」この言葉は真実であろう。また上記の説明にもう一つ付け加えるならば異常、狂気の中に生きる天才に世渡りの旨い「調子良三郎」的人物の少ないのもまた紛れも無い事実と考えた方が良さそうです

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以上の色々な説明が天才への無視、迫害の理由と考えられる。まだ天才への無視、迫害の理由は有りえるが、この様な無視、迫害が何故、必ずしも天才の絶対条件ではないが天才には有った方が有利、出来れば必要と言う事が起こるのでしょうか?
 それは天才の作り出す芸術は高尚で有ったかもしれない“人の隠れた狂気を引き出す力さらに、その力を引き出す事によりその人に恋愛感情にも似た感情を起こさせ支配する魅惑”(言い換えれば或る意味での洗脳)を起こす力も潜在的に持っていたかもしれない、しかし天才が社会に係わるとは天才に取って人間、言い換えれば凡人の心を学ぶ事です。 作品の中に凡人との心の共感が無い作品は駄作です“人の隠れた狂気を引き出す”事は例えば本当の気違いの作品でも出来るかもしれない、しかし天才は“本当の気違いが作る作品は作らない事が多い”何故なら天才の作品と言えども、その創作した作品を観賞し感動するのは凡人である。気違いにだけ分かる作品を創作しても仕方がないのです。
 時に山鹿素行の文章は赤穂に左遷された不遇の時から素晴らしくなったと言うし、柳宗元も左遷される前は四六駢文のただ美しい文章を連ねるだけであったと言います。
 天才はこの迫害や無視、それで生じる困難によって凡人の人情である悲しみ、怒り、辛さ、愛などを深く学のです。そして彼等は基々凡人では無いから更にそれらをもっと高い世界へと昇華させる。だから天才の作品は多くの凡人おも強い共感に引き入れる。以上の様な共感に加え基々“凡人の中にに眠っている狂気の世界を引き出しそれで天才自身に恋愛感情に似た愛着の感情を起こす魅惑の力”を基々持って居る人物が天才には大変多い。 この本当の気違いの作品の変な呪術的な力とは違う黒魔術の魅惑の力、更に凡人への共感によって生まれた魅力、先天的、後天的制限が生み出す神経性的病んだ心が作品に与える悩みの真剣さやそれから解放される喜びの素晴らしさ、努力の原動力となる満たされない性愛や劣等感の代償を求める努力と後天的危機的状況それら諸々感情を解放した浄化が作品に与える魅力、また天才が秘めている先天的狂気その物自体が作品に与える斬新さや表現技巧、基々天才が所有する高度の知的力、これが幸運に出会った時、天才の芸術的業績が生まれる事が多い。だから天才の作品は信じられない魅惑を持つのです。でもこの説明は先程の迫害が天才を天才足らしめる最も大きな理由の一つになる事があると言う本当の答えにはならないのでそれを説明致しましょう。
 天才の最も特徴的な事は主の天才が亡くなって長く名声が続くと言う不思議な現象です。こんな事は自然界には決して有り得ない、その事が起こる原因は何かが以上説明して来た“迫害が天才を天才足らしめる”と言う事なのです。時に普通、地球と言う大きな質量を持った天体が爆発すれば、その持っている重力場は無くなってしまいます。
 ところが天才の持つ心理的な場(心理的に特殊な力を持つ空間や作品とでも思って欲しい)は無くなるどころか帰って大きな引力を持つ、社会的に地位の高い人に会うと、わたくし達はその心理的な場のため緊張したり引き付けられたりするが、大抵その人物が亡くなるとやがて忘れてしまうのが常でありましょう。 
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