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哀れなる魂  破の段 第2部 或る無名戦士の記録

俺は上官の濡れ衣と分かっていたが無実の罪を被る事にした。そして堂々と上官の部屋に入って、目茶苦茶

に、ぶん殴られる事は分かっていたが。「自分が乾パンを盗みました」自分自身の名前を言って。「○○○

が乾パンを盗みました。だから皆を許して欲しいのであります」と言った。上官は「もう良い」と一言、言

って俺達を許した。

 それから教育を終え済南の部隊本部から安仙荘の中隊本部へ帰ると大塚少尉は「良かったな、おめでとう

」とさえ言った。

 俺は成績は良かった。通信隊教育で成績の悪い奴が1人居ると。「お前だけ飯抜きだ」と教官に言われる

。俺はそんな事は無かった。しかし恐らく俺は男を上げたのだ無実の罪を被って殴られても戦友を庇おうと

した俺を部隊本部の、あの乾パンでからかった教官達が高く評価した事は明らかだった。

 私的制裁の外に軍隊は戦争をする機関だから死を見る、と話した。俺は最前戦なのでその死の影からどう

して逃れられよう。丁度、初年兵教育が終わる入隊してから4ケ月目の頃、俺達の部隊本部に多くの亡骸が

、やって来た。

 その人達は航空隊の新兵で俺より年は若いかも知れない。軍用列車に乗って移動中、敵機の機銃掃射を受

けた人達だった。どの兵も顔が傷付いておらず美しかった。その亡骸を営庭で荼毘
に付すのが俺達の仕事だ

った。

 俺の心の中に若い時読んだ唯物論の言葉が横切った。「成熟する物は年数長短あれど大いてい、それぞれ

持ち前、有りて死枯せざるはなし生ずれば智あり神あり血気あり四支志臓腑、皆働き死すれば智なし神なし

血気なく四支志臓腑、皆働くことなし然ればいかでぞ思いあらん又、神あらん」また別の本に
曰く。「人体

は自ら発条
を巻く機会であり永久運動の生きた見本である熱が消耗させる物を食物が補って行く食物が無け

れば魂は衰え、かっとなり力尽きて死ぬ」 この本を書いた医者de,La Mettrie ド、ラメト

リも軍医として多くの傷病兵に接した体験、軍隊生活が思想に一転機を与えたと言う。浪漫的な人間を除々

に死は蝕む様に変えて行った。俺は航空隊の新兵の亡骸を荼毘に付しながら、そんな事を考えていた。この

事は俺に目の当たりに、ここは戦場だ、と感じさせた最初だった。死が美しい何て言う奴もいるが、それは

間違いだ。それが俺の感じた事だった。

 次は毛沢東を主将とする八路軍の討伐、八路軍は支那服を着ている。日本軍が戦闘に勝って奴等を俺達が

追い詰める、そしていざ捕らえよ
うとすると、その時奴等は百姓の仕事をしてやがる。

戦闘の時まさか敵の顔が見える程の距離では戦わないから百姓に紛れ込まれても分からないのだ。その八路

軍に向けて九八式軽迫を打ち込むと奴等の所で炸裂して人が倒れるのが見える。八路軍は日本軍部隊が自分

達より人数が多いと絶対逃げる。そのトットコ、トットコ逃げる奴等の間に榴弾がまたも炸裂して敵が倒れ

るのが分かるのだ。 さらに砲兵が撃つ大砲は、さらに破壊力がある。ところで俺は小銃班の射撃手になっ

た。俺は銃の癖を知っていたから射撃は上手だった。俺の銃は左にずらすと真っ直ぐ飛ぶ銃だった。調子の

良い時は50発中47点の成績を上げた。 俺の戦友長谷川2等兵は軽機関銃班だった。
北支では機関銃

を撃つ時は後ろに手を回し埃を払って撃つ。上官の
塩谷軍曹の勧めで軽機関銃も習い実戦の戦場で撃った。

 さらに重機関銃になると凄い、あっと言う間に薬莢は
飛び横1列になって、もっとも縦1列になって逃げ

たら1人を打ち抜いた弾がもう1人を打ち抜くから逃げる時
は必ず横1列になって逃げる。また隊を崩す時

は傘形散開と言って人が一塊には逃げない。理由は前と同じだ。話は逸れたが、横1列になって山の上へト

ットコ、トットコ逃げる敵を蛇が頭を
擡げて川を渡る様に弾の筋が追い掛け敵を倒す。

 しかし戦闘は敵が逃げるだけじゃない敵だって撃って来るんだ。その敵弾で遠くからの弾丸は、直ぐ分か

る。ブーンと言う感じで音が鈍い、ところが近くから発射された敵弾はピッ、ピッ、ピッと鋭い音がする。

そして、俺達が銃を撃つ時、1発撃っては、ゴロンと寝返りを打つ様に場所を移動し、また1発撃っては、

ゴロンと左右にゴロゴロ撃つ場所を移動しながら撃つ。そうしねえと、何時までも同じ場所で撃っていたら

音が動かないから、そこを狙い撃ちされる。 さらに軽機関銃だって同じだ。ある程度連射したら、直ぐ機

関銃を移動して、そこから発射する。そうしないと狙い撃ちだ。 

三八式歩兵銃
使った銃は、この戦争の時も三八式歩兵銃だった。「ピャックーン」と38式歩兵銃を発射し槓桿を右手

で握り、持ち上げ手前に引く。1動作1発の
この銃が俺は好きだった。1発撃つとゴロン場所を移動し「ピ

ャックーン」と撃つ。口径6・5ミリ全長126センチ、銃身長79・7センチ、重さ3・9キロ、射程3

キロ、初速762メートル、装弾数5発。のち99式などと言う阿呆な銃を見たが俺は最後までこの銃だっ

た。
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