1943年10月21日の青春⑩

哀れなる魂　　破の段　第１部　１９４３年１０月２１日の青春

	そうだ、お前２階の部屋まで手を引いておくれ、用を思い出したから」何時も俺は心臓の悪い母の手を引いて２階へ上がるのだった。「いいよ」ゆっくり、ゆっくり、とん、とん、とん、と足音を残して２人は上がり始めた。　その時。「お前、あたしなんだか気持ちが悪い、と言うと、がっくりと階段の途中で母は倒れた。「お母さん！お母さん！お母さん！」九官鳥の様に何度も繰り返して呼んでも返事が無い。やや太った大柄の母を抱き上げて一階の部屋に寝かせた。　「お父さん！お父さん！お母さんが大変だ！」「どうした！」と親父、「お前直ぐ医者に電話を掛けろ」言われた通り電話の右側に着いているレバーを焦って回し医者に連絡を取り、俺は医者を迎えに行った。　寒い夜道を俺が帰って来ると意識は無かった母は、どっと鼻血を流した。昔から良く卒中の人が倒れ最後に会いたい人が来ると鼻血を流すと言うが母はその直ぐ後、息を引きとった。　葬儀に親父は出なかった。そう言う昔からの仕来たりなのだ。俺はその日から寒気がしていたが母の部屋で一睡もせず通夜をした。食事を取る事も無く、あれよ、あれよと葬儀は終わり俺は、どっと寝込んだ。高い熱を出した、俺は軽い肺炎だった。とうとう夜学の試験も棒に振ってしまった。　竹馬の友、瀬古義孝は一高生だった。一高のマントを着て病気で試験を棒に振った俺にこう話を持ち掛けて来た。「補欠入学を考えた事が在るか？」「いいや、考え付かなかった」「東京物理学校が補欠を募集しているのを知っているか？」「知らなかったよ物理学校へ行けと言うのか？」瀬古は「そうだ、あそこを受けて見ろよ、お前が理数系よりも文学が得意なのは知っている、でも文章と言う物は、ただ感覚で書く物ではない数学の証明だって正しい説明の仕方、と言う意味だ。バッハの音楽、対位法だって機会的計算的音楽だよ作曲は構成と言う事だ。　それには均衡、反復と対称、力の集中と拡散、早い遅い、どこに頂点を持って来るかその為には逆に精神的な浄化を押さえ、わざと情動を抑圧させ、その溜まった感情をどこで浄化させ頂点を持って行くかを考えなければならないその為には緻密な計算力が必要だし論理学だって、きっと文章に役立つ。数学だって全ての芸術と同じに万人共通の論理、根気強い努力、観察、優れた鋭い直感力に支えられているんだ。だから理数系を学のは決して損では無いぞ」俺は直ぐ「やって見るよ」と言った。　ここで瀬古の話をしよう。瀬古の父は貴族院書記館長だった。俺の家の青果業のお得意さんで、瀬古の父は、公爵で在り貴族院議長の徳川家達の書生をして家達さんに引き立てられた人物だった。
	公爵、徳川家達



	上の東條英機首相はまだ父が生きていた頃ですからかなり昔に「私は東條首相が※父はどうも東條首相と同じ地域に住んでいたらしく弾丸道路(現在の国道246号線だと思います)をオープンカーでパレードをして帰還するのを見た事が有るんだよとか何時も剃刀東條とあだなされたとか言っていました。全く子供のくせによくそんな事を聞きだしたよと自分でも思います。また姉は首相の御子息と同級生で姉の担任の小■先生(女性)が『あれが東條首相の御子息…』なんて言ってたのよ俊介と聞いた事が有ります。東條君と言っていたので男性でしょうか御孫か御子息かは私は知りませんいくら兄弟でもしつこく聞けませんが東條首相はやはりこの時代の重要な人物でありましょう。
	その関係で渋谷區千駄ヶ谷に在る徳川氏の家や家達夫人が近衛忠房長女の泰子(ひろこ)さんだからか、 (これは間違い島津千代子です。私は色々な当時の人に聞いてこの物語の資料にして組み立てた物です。ですからノート持って話していることを筆記なんて事出来るわけが無いので記憶違いや語っている本人の勘違いは多々有ります。お許し下さい。)それとも近衛文麻呂が貴族院議長だったからか、どう言う関係かは知らないが杉並區荻窪の近衛氏の荻外荘に良く瀬古の家に頼まれて野菜を届けた事が在る。　五摂家筆頭の近衛氏の家には竹の子を届けた記憶が在る。警護の警察官が「羨ましいな、今の季節にとても俺達の口には入らないや」と言っていたのを覚えている。　俺は料理長に「近衛文麻呂閣下は、どの様な物を召し上がるのですか？」と尋ねると。「刺身の様な生物は、どんな物でも蒸して食べます、決して生物は食べない」と聞き。偉い人は刺身も食べられないのかと思った。そして、お使いに行くと必ず女中さんが一円をくれた。　また徳川さんの家では、びっくり！女中さんは全て昔の大奥みたいにかすりの和服を着て、家達さんや息子の家貞さんを昭和の今も殿様と呼でやがんの。老人は私に質問した。「おかしいと思わない？」「ええ、まあ」私が返事をすると老人はまた話始めた。なにも近衛さんや徳川さんが悪い訳ではないかもしれない。俺は、その日の食事も困る農民が今も居る日本に、同じ人間がなぜ、こうも差が在るのかを感じずにはいられなかった。余計な事を言って御免よ。話を瀬古に戻そう。俺は少しでも、こんな差別の在る世の中を変えようと密かに思っている男だった。　俺は絶交を覚悟で在る時その思いを瀬古に話した。「お前怒ったろ、なんたってお父さんは貴族院書記館長だもんな」しかし瀬古は「人には色々な考え方が在る俺も今の日本はおかしいと思う」と言ってくれた。　瀬古はいい奴だった。俺はこの１つ年上の１９２２年生まれの自分の家のお得意さんのぼんぼん、府立一中の１年先輩が好きだったし、子供の頃からの友人だった。
	この小説の元の話を話してくれた男■■の話では瀬古の父親の瀬古保次さんは賞勲局総裁や貴族院議員を歴任した人は実在の人、勿論この人は実在でも虚構の話の脚色で登場していただきました。母もこの瀬古保次さんを知っていました。終戦が近付いた数ヶ月前たまに瀬古保次さんに遇うと「もう直ぐ戦争は終わりますよ「もう直ぐ戦争は終わりますよ」と言っていた話を思い出します。終戦が近付いた有る日、空に五彩の雲と呼ばれる美しい雲を母は見ました。日本が勝利するそう思いましたが敗戦になった。と思い出話をしてくれました。瀬古保次さんの事についてはもう解りません知る術も有りません。
	俺の事を聞きつけて本郷の一高の寮からわざわざ俺を心配して尋ねて来てくれたのだ。瀬古の父親の瀬古保次は賞勲局総裁や貴族院議員を歴任した人で人を差別しないし貴族院からの帰りの車を降りて電車で通う様な人物で、大層、腰の低い人格者で子供心に俺は尊敬していた。　その息子、瀬古義孝は清潔感溢れる正義感の強い人格、智、共に優れた青年だった。子供の頃体の弱かった、ぼんぼんは、良くいじめっ子にいじめられた。俺は頭は馬鹿だったが正義感も、力も強いガキ大将だったので瀬古を

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