1943年10月21日の青春⑪

哀れなる魂　　破の段　第１部　１９４３年１０月２１日の青春

　いじめる奴らを「よせ」と次々に、ぶん殴って瀬古をかばったのだった。瀬古とはそんな仲だった。

　俺と瀬古は色々、遊びに行ったが、昭和１５年皇紀２６００年を記念して下谷區上野公園の帝室博物館で

正倉院展が開かれた。俺達は、それを見に行った。

　江戸時代に代２７代安閑天皇稜が洪水で崩れ出土したと言う硝子の碗を表慶館で見ながら瀬古は「これ

は正倉院の白瑠璃碗と同じ物だろ。源流を辿れば文明の十字路ペルシャから来た物だろ。今の時代の様に、

色々の国々の文化交流の歴史も理解せず、直ぐ侵略を考える帝国主義は悲しい、大昔から変わらない事だが

ね本当に悲しい事だ」　俺は「記紀の伝承で神は天から天孫降臨したとし、沖縄では海から神が来たとの神

話だ。記紀の神話の様に天から神が来たと言う話は朝鮮に在ると聞く、恐らく日本、朝鮮両国は文化的に深

い繋がりが在ったのだろう。それが今は朝鮮を占領しているとは悲しい事だ」「そうだな」と瀬古は言った

。

　博物館の暗く優しい光が瀬古、この秀麗な僅かに憂愁を含んだ美しい顔を照らしていた日を思い出す。瀬

古が尋ねて来たその時も俺はふと、その事を思い出していると。

　「おい、どうした？ぼうとして」と瀬古「いやちょっと昔の事を思い出してな」「お母さんの事か悲しい

だろが頑張れよ」「ああ」「俺はもう帰る、しっかりな」「有り難う」そう言って瀬古は帰って行った。

　俺は物理学校の試験を受けた。発表の日、補欠合格者の発表を表示してある看板の中に俺の名前は無かっ

た。母の死、病み上がり、そして、そして話は前後するが父が母の外に愛人を囲っている事を俺は通夜の夜

の時、偶然親戚の話を立ち聞きして知ってしまい親父と大喧嘩をした。

　母が可愛そうだったから、１日中働いる母に、綺麗な着物１つ親父は買ってやる事もしないくせに自分は

影で愛人を囲い、さらに１高への金は出せないと言った。その親父への不信感は俺の心を勉強に集中させな

かった。

　試験は簡単だった。しかし、通信簿が何時も優の俺が１高に無試験で入れる筈の俺が精神的、肉体的打撃

の後に落ちてしまったし、この事は瀬古には悪いが俺に取って悲しみを１つ追加したに過ぎなかった。

　瀬古は直ぐ俺の所へ来た。「返って悪い事をした」「いや試験に合格する実力が無かっただけだ」と答え

た。しかし、俺はむしろ瀬古がこの話をしないでくれた方が良かった気がしたがそんな事は絶対に言えなか

った。

　瀬古は俺を励まし帰って行った。しかし、俺の心は空洞だった。俺はそんな時、母の死を考えた。思い出

して見ると精神的打撃を受け、まるで現実が麻痺してしまった様になった。と共に「そんな筈はない、そん

な事が在ってたまるか！」と現実を否定した。

時間の感覚が麻痺して恐慌状態だった。好きな本も智恵子の所へ行って楽器を弾く気にも映画も演劇も見る

気にはなれず、そして怒りが湧いて来る。親父が母を殺したのだ、あいつが………いや俺も実は人殺しかも

知れない母が病気の時も俺は母をどれだけ思ったろう勉強、勉強とばかり言って母を心配し庇っただろうか

？　俺は神仏さえ恨んだ。本当に神仏何て在るのだろうか？真面目で信心深い母の報いがこれか？ただ働い

て、何の楽しみの無い人間への報いがこれかよ！そして敵意を医者に向ける。あの医者は医者のくせにふざ

けやがって医学の知識が本当に在るのか、なぜこうなる事が分からなかったんだ。

　しかし一番悪いのは俺、俺なんだ。俺の母は俺を自慢していた。母の知らない事を俺に聞くと俺は立て板

に水の様に答える事が出来た。でも博学ならば母親の病気ぐらい分からないのか、なぜもっと母の健康に気

を使わなかったのか？と自分を責めどうしてもっと孝行しなかったのか、と罪悪感に苦しんだ。　そして苦

労して勉強した物象の試験が帰って来た。霊前に空しく物象の満点の試験を俺は置いた。そして、楽しかっ

た日々の空想に浸り思い出に閉じ籠った。　或る日、突然「ただいま」と玄関を開けて母親が帰って来る様

な気がした。しかし、その後に残るのは孤独感に疲れた、だるい気の抜けた様な寂獏感のみで在った。今ま

で母がやってくれた洗濯、食事、その他、身の回りの世話も無くなり心は混乱し配達の用を忘れたり、その

混乱を自分自身で止められない。そしてあれほど感動した映画や本、演劇を見ても無感情の様になって勉強

にも無関心となり感情鈍麻となっていた。

　そんな時だ東京物理学校の補欠試験を受けたのは。気力を振り絞ったつもりでも俺の心はそれだけの力は

無かったのかもしれない。

　やがて卒業式が迫る頃、俺は成績簿を貰った。国民科の修身。国語の第１、２、３、４。歴史。地理。理

数科の数学の第１、２、物象の第１、２。

体練科の教練、体操、武道。芸能科の音楽、書道、図書、工作。外国語科の第１、２、３。５年間に埋めら

れた評価は「優」の字ばかりであった。

　担任教師は俺だけを廊下に呼び出して俺に言った。「人生は優れた物が順調に行くとは限らない本当に優

れた人は　

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