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「山中の落ち葉は冷えた香りとを潤し、秋の気は来るぞと欲してでもいるように新しい霜は近かずいている。塔影は粛然としていて

感慨を多くする。禅寂の幽趣は愁腸を誘う。盛衰の残礎は閑静に居り。興亡の古城の跡は茫々として覇業の昔時は今は已に尽てしま

った。ああ、功戦、激闘の壮士を傷むばかりである、と。


 妹は「また悪い癖が出た」と言った。私は「そうだね、と照れ臭そうに答えた」また英勝寺という寺の誰もいない氏山公園に抜

ける小道を昇り詰めた所の墓地の奥に人間大
の石仏が在る。その麓に2人で座って妹能管などを吹いて聞かせた。誰もいない山中

にこの笛の音色はよく融合した。「こんな所にいると私達がワキ
でシテでも出てきそうね」と妹が目を輝かせて言うと「もうそろそ

ろ、きっと出てくるぞ
頼政でも、きっと回向を頼むかもしれないぞ」と笑いながら私は言った。

 しかし私達は近代的な東京の風景も好きであった。よく神宮外苑に行った。絵画館に通ずる銀杏並木をまるで恋人同士のように腕

を組んで歩いた。絵画館には滅多に人などいない。静かな広い建物をゆっくり見てさらに地下などにも降りてその広い空間構成美を

楽しんだ。

 絵画館を2人で出て暫く歩き妹がたまたま少し先行して歩いていた。妹の後ろ姿を見ているうちに私は急にふざけたくなって妹の

肩を後ろからがっしりと両手で掴んで左右に揺らした。「やだ、お兄ちゃん、やだ」と妹はそれでも本気には怒らず楽しそうに悲鳴

を上げた。「面白かった?」と聞くと「お兄ちゃんの馬鹿」と私に軽く肩でぶつかった。

急に妹は「お兄ちゃんのお嫁さんて、どんな人なのかしら?」と言った。「その女はもう決めているのさ」と私。「え、誰なの」と

真剣になり妹の顔色が急に変わった。「それは………」と暫く声を止めて「お前」と本心では言いたかったが「お、ま、え、お前だ

よ」と冗談ぽく言った。「やだ、もう」と妹。「だってお前は俺のお嫁さんになるって昔から言ってたじゃないか」と私。妹は「ま

た、もう」と軽く肩で体当たりをして駆って私の先に行った。「お兄ちゃん早く」と先に行き振り返って手を振っていた。「ああ、

今、行くよ」私は小走りに行こうとした時、私は急に悲しくなって座り込み靴下を直す振りをした。「本当に可愛いお前が俺のお嫁

さんだったらな」と呟いた。妹が駆け寄り「どうしたの?体の具合でも悪いの?」と心配そうに私の肩に手を掛けた。

「そうじゃない靴下が緩んだから」妹は「心配しちゃった」と言った。そして2人は美しい銀杏並木を青山通り

 
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