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私は暗くなりかけている外の都会の景色を漠然と眺めていた。女は「ねえ麦酒かワインを飲もう、麦酒?ワイン?」私は「うん」

と、ただ無意味に答えた。女は「ねえ、どっち?」「うん」またも無意味に返事。「くす」と女は笑った。そして女は「貴方は昔と

ちっとも変わらない」私は「え………なあに」と言うと。女は「貴方はそうして情緒に浸ると、うわの空で返事をする癖があるのよ

」私は「そうか自分で気付かなかった」と言った。「気をつけなくちゃ」と私が言うと2人で微笑んだ。

 食事を終え、会計を済ませ入り口を出た時、私は「そうだ貴方に贈物があるんだ」とポケットから小さな小箱を出した。女は、そ

の小箱を目の前に近ずけ、しげしげと凝視していた。私は「さあ、行こう」と肩を叩いて2人で歩き出しても女はまだ見詰めて

いる。

 途端に「キャー」と言う悲鳴と共に女は倒れ掛かる様に私の腕にしがみついた。私は「どうした?」と聞くと女は「だって、ここ

の赤煉瓦の地面に段差があるんだもの」「お前がそんなに見詰めるからだ」と私が笑うと女も茶目気たっぷりに笑った。

 「さあ行こう足を挫かなかったか?大丈夫か?」と聞くと「ええ」と女は答えた。女は「転びそうになっても贈物を離さなかった

わよ」と言った。私は「そんなに贈物を大事に思ってくれて有り難う」と言って女の額に口づけをした。「これなあに?」と女。

「指輪だよ、昔、女に安い銀の指輪を買ってやった。女は、つまらない指輪をひどく嬉しがった、でも、死んでしまった。私は女の

髪と指輪を形見にして指輪はいつも左の薬指に嵌めている。幸せだった、その女といると。貴方の指の大きさは私の薬指と同じ筈だ

、その女も同じだから」女の薬指には結婚指輪はもう無かった。

そして女は、私の贈物の指輪を左の薬指に嵌めた。

 そして陸橋の車へ戻った。「これから私の幼い頃いた町に行こう、もう日暮れだ」と扉を開けようとすると。「不思議だ、この陽

気、信じられないくらい暖かいな」と私は言った。車に乗ると女は後部座席の長い包みに気付た。 

「これなあに?」「刀」「でも安心しろよ、お前を殺しはしないよ能管も在る、後で昔の様に吹いて上げよう。と言いながら車を出

した。

そして街に着いた。街の道々の桜は不思議なことに弥生の3日だというのに満開だった。満月に照らされた川添に桜の花は咲く、

その川には6〜7メートル程の橋が在る。その近くに車を止めた。橋の欄干に手を掛け川の流れを2人

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