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 例によって病院を休み、体を清潔にし、きちんと濃紺の三っ揃えを着て絵を持って吉祥寺の画材屋に出掛けた。絵は、今日1日で

完成する。

後はこの絵の額を買って飾り、ガス自殺をするつもりだった。いや絵など出来なくても今日、死ぬつもりだった。

 額を買って店を出ようとする時、聞き取れぬ程、小声で「この絵を書いたら死んじまうよ妹よ」と言って店を出ようとする瞬間「

信じられない!………」この女は!濃紺の背広を着て擦れ違った女。             

私は女の背中に、「おい、お前どこへ行っていた?探したぞ!」振り向き様に女は「え………」と言って、きょとんとしながら私を

見た。

 「貴方、失礼ですけど、どなた?」「とぼけるな」「そう言われても知りません」女は自分の名前を言った。

「失礼しました」私は、まだ信じられなかったが、言葉を続けた。「この絵を見て下さい」女は「あっ、私が赤ちゃんを抱いている

」「これは私の死んだ妹です」女は「死んだ人と間違えるなんて」「いえ妹に瓜二つの女と結婚を約束したのに………どこかに……

…恥ずかしいけど逃げられました」「女も私も愛しあっていましたが世の中には幾ら愛し合っていても結ばれない男と女も有るんで

す。もう過去は話したく在りません………」 私は「失礼ですが、もし良かったらモデルになって下さい」と行った。女は「不思議

なことも在るものね3人も、そっくりな女に会う人がいるなんて」と行った。そう言った女の薬指には指輪が光っていた。

 「結婚しているんですか?」「ええ」「もしモデルになってくれる決心がついたら、ここへ電話して下さい」と、私は名前と自宅

の電話番号
のメモを渡した。「そうだ井の頭公園の中の原爆の像の建物の中か、彫刻の置いて在る建物のどちらかでモデルをお願い

します。

皆、珍ずらしがって見るかも知れないけど、貴方はこの近所の人でしょ?」「ええ井の頭公園のそばです」と女は言った。「では気

が向いたら宜しく、今日は体の調子が悪いので、では、そうだ貴方の名前は?」と名前を聞きその場は別れた。

 私は急に今までの心を蔽っていた雲が嘘の様に晴れるのを感じた。気の持ち方だろうか死の決心は消え、その日から母、妹、失踪

した女、仕事の事など、すっきりはしなかったが、一つの希望が出て来て絵も直ぐ仕上げてしまった 家族からも元気になったと言

われた。しかし女からの電話は来ない、「やっぱり」と思って諦めた。

しかし、あれから2週間程後の夜、私に女からの電話、「今度の日曜日、鎌倉の美術館に展覧会を見にいきません?」

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