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貴方の母になって私の命さえ差し出して貴方を守りたい……」その子守歌に安らいだ私はすやすやと眠ってしまった。

 それから、どのくらい時間が経っただろうか、ふと眼を醒ますと、体に毛布が頭には枕が添えてある。「気持ちよさそうだったか

ら起こさなかったの」添い寝をしている女は、私の体に腕を掛け優しい眼で見ている。

 「夢を見た、不思議な夢だ、お前と俺がお雛様みたいな格好をして桜の花の下で永遠の愛を誓っていた」「あら素敵な夢ね」と女

は言った。

 

時計を見ると1時間余り経っていた。「早く行かなきゃ、姉さんと兄さんに、お前の事、一刻でも早く知らせなきゃ、お前の電話

番号まだ聞いていなかったな」と電話番号も聞いた。

 家を出る時、女は見送った。もう女の姿が見えなくなろうとする時、私に突き上げる不安が襲い、また女の元に息を切って走った

。「どうしたの?」「嫌なことを思い出した。妹のこと。あの時もそうして手を振った。別れを惜しむように……思い過ごしだ、お

前は俺の妻だ、そうだろう?」と私が言うと女は「なんのことか解からないけど私嬉しいのよ」と言った。「明日また来る」私は自

己の不安を打ち消しながら帰った。

 姉と兄は初めは驚いたが、妹と瓜二つで優しい女だと聞くと寧ろひどく喜んで賛成した。昼、病院から女の家へ電話をすると間違

いばかり、番号を聞き間違えたことは明らかだった。夜、女のアパートへ行くと「どなた?」と、出て来たのは見知らぬ女性、中に

は子供が遊んでいた。

 「あの、ここに女の人が居たんですが」私は狐に摘まれた様だったが、そう聞いた。「え、そんな事嘘でしょ、でなかったら家を

間違えたんですよ、きっと、私達夫婦、1週間前ここに下見に来たんです。ええ、ここは暫く空き部屋だったと思います。私達、今

日、引っ越して来たばかりですから」「え………失礼しました家を間違えました」「そんなことが……」私は女の勤めている店にも

行った。「あの信じられない美人の娘は、ほら、これこれしかじかの……」「え……お客さん、そんな娘は初めっから居ないし私は

お客さんも知らないし、だいちそんな娘が居たらこんな店で働かないで女優になっているんじゃない」私は店長が嘘を付いていると

は思わなかった。

 どういうことだ!これは、俺は妹を慕う余り、気が違ってしまったのだろうか?いや違う、あの優しい手の暖かさは幻想なんかじ

ゃない。私は暗い気持ちで家に帰った。「お前、顔色が悪いね」姉は言った。「結婚、直ぐでしょ、その娘と喧嘩でもしたんだろ」

「良く解ったなでも

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