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昨日の男だと言うと女は直ぐ室に入れてくれた。

 「許してくれ」と直ぐ土下座して誤ると「もういいのよ、あたしも悪かったのよ妹さんのこと本当に愛していたのね」と女は言っ

た。私は「妹は悪くない俺は極悪人だけど、妹の事だけは、どうか悪く言わないで欲しい」と頼むと女は「解ったわ、それより御飯

食べていかない?」と女は言った。「え、いいの?」「もちろん、来るのを待っていたのよ、貴方の眼は澄んでいて黒い宝石の様に

キラキラしてたから決して約束を破らないと信じていたのよ、おなか減ったでしょう一緒に食べましょう」と女は言った。

 私は「結婚してくれ」と女の両肩を抱いて眼を見詰めると女は黙って深く頷いた。私は女の本名を聞いた。いい 名前だと私は思

った。「ね、食べよう」と女は食事を勧めたので、テーブルに着くと「鮭
、掻き揚げ、とサラダと肉じゃが、あっ、俺の大好物ばっか

りだ!嬉しいなー」と私は言った。「本当に良かったわ」「俺の好みも良く知ってるね」「偶然よ」「さすが妹の生まれ変わりだ」

 こんな事を言いながら楽しく食事をした。私はこんな幸福な気持ちは忘れていた。あの日、母が死ぬ前までは、何時もこうだった

。そして妹が居てくれた

ら、いや、今は、この幸福の事だけ、この女の人を妹だと思って必ず幸せにすることだけを考えよう、それが妹への罪滅ぼしだと私

は決心した。

 「今夜、泊まっていく?」と女は言った。「いや今日は帰る、家族に俺の嫁さんのこと一刻も早く、それとも今日これから行こう

か?そうだ、それがいい」「まあ、せっかちね、びっくりするわよ、貴方は私を捨てる人じゃないから何時でもいいのよ」と女は言

った。「ところで出身地は?」「四国の松山」「道後温泉か?」「ええ、そうよ」私は信じられない偶然を感じた。妹と逃避行して

、もしかしたら心中する筈の場所が、この女性の出身地だ何て妹が会わせてくれたんだ、そうとしか考えられない、と思った。


 「まあいいや、籍を先に入れて驚かしたりして……」それより食べ過ぎちゃって苦しい、横に成りたいけれどいい?」「じゃ、膝

枕してあげる」私は女の膝枕で横に成った。「疲れた……」と私が言うと、女は「歌を歌って上げる眼をつぶって」「何の歌?」女

は答えず私の頭を優しく撫でた。

 その手は暖かかった。どんな悲しみも疲れも癒す、聖母の手の様だ、と感じる程に。そして女は歌う。「さあ眠りなさい疲れ切っ

た体を投げ出して青いその瞼を唇でそっと塞ぎましょう。ああ出来るのなら生まれ変わり

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