哀れなる魂  破の段 第5部 東京五輪の日に

 僕が所見にては生死は度外に借きて唯だ言うべきを言うのみ』と。こんな言葉だ。貴方が本当に生きてい

るのなら死ねば良い」「本当に生きているのなら?」「そうだ肉体だけ生きる事が生きる事では無い筈だ」

「でも私の家には占い師が来てこう言います。『貴方の家は不幸だこの1本数万の印鑑を買えば幸せになり

ます』と。そして新興宗教の人達は『貴方の家が不幸なのは祖先の悪業のせいだ』と。夫はぐうたらで息子

は暴力を夫に振るいます」「貴方は占いの業者や新興宗教の人達にまずこう言いなさい。不幸とは何ですか

?と。昔、日蓮と言う人がいた。その人の人生は世間で言う幸せとは掛け離れてた人だ。でも日蓮は世に隠

れもない偉人だ。昔の偉人を見てごらん。彼等の素晴らしさは不幸の中から信じられない創造を成し遂げた

事だ。人間とは何か?と質問をされたら私は人間とは悲しい物だと答える。長生きしたところでせいぜい6

0年、病に苦しみ、愛する人に別れ、正しい事を言っても迫害される事がある。でも私はこうも答える。人

間とは素晴らしい物なのだ。人生が短くても偉人達はその短さの中で大きな創造をする。いや多くの不幸の

中で創造をするからこそ不滅の光芒を彼等は放つのだ。大なる偉人達は不幸の時を本当に生きた人達だ。占

う物に言ってやりなさい印鑑などで人の本当の幸福を奪うなと、新興宗教の人々に言いなさい。悟りは実は

幸福の中に見付ける事は難しいのだと」

 「でも私は偉人などになれません」「私は貴方に宗教家になれとも偉人になれとも言いはしない。名もな

く無名に死んで行く偉大な魂を持った人になって欲しいと言っている。人が生き様とする努力は、それがど

んな小さな物でも愛欲の世界に灯となった、あの
が天女に与えた灯の様に暗い魔宮をも輝かす。その生命の

力を貴方に持って欲しいと言っているだけだ」「はい、やって見ます」「頑張って下さい。あそこ
に電信柱

がある、まず、あそこまで生きて下さい。マラソンの君原選手と言う人はこう言った。本当に苦しい時、俺

はあの電信柱まで言ったらマラソンを止めようと思う。そしてそこに着くと今度は別の電柱を目標として、

あそこに行ったらマラソンを止めようと思うのだそうだ。

彼はそうしてマラソンを落伍した事は一度も無かったと言う。人生は時に42キロを走るマラソンよりも辛

い時がある。辛い時はそうして自分を励まして生きて下さい。私は近所の■■■の坊主です困った事があっ

たらまた何時でも相談に来て下さい。貴方の顔は晴々とした。もう大丈夫だ。と行って坊さんは去って行っ

た。そして智恵子は帰って来たのだった。

 「■■■だって!それは私の寺じゃないか!」「そうだよ、お前の祖父がこの時の坊さんだよ。」私は、

私の寺とこの老人の家が関係が有りそうなのに驚いた。そして老人はまた話始めた。

 俺はその事が有って直ぐ■■■を尋ねた。本堂に座った俺は酒気を少し帯びていた。昼間っからだぜ。す

ると住職らしい坊さんが俺に話掛けて来た。

 「珍しい事だ。用も無いのに昼から寺に来る人が居るとは」「少しは信心したいと思いまして。近頃の新

興宗教は直ぐ幸せ、幸せと現世利益ばかりだ、自分の幸せばかり考える狭い了見の程度の低い所には行きた

くもない」そう言うと坊さんは突然。「貴様!」と言って俺を平手打ちで何発もひっぱたいた。「現世利益

を願うのがどこが悪い。自分の幸せばかり願ってどこが悪い。人は1人では生きてはいない自分1人が不幸

になれば回りの自分の幸せを願う家族が不幸になる。自分の幸せを願う事がまず
の初めではないか、それを

貴様は」と言って更に俺を殴った。

「それに人間とは悲しい物だ。悲しいから何者かに縋るのではないか、貴様はそれが分かっていない。程度

が低いと言うが維摩経にこう有る。
文殊師利言く。有身を種と為し。無明、有愛を種と為し。貪恚癡を種と

為し。
四顛倒をを種と為し……八邪法を種と為し……十不善道を種と為し、……要を以て之を言えば一切煩

悩は皆、是れ仏種なり)と。人生は辛いのだ。嫌でも年を取り、病になり、愛する物と死に別れ、嫌な奴と

会わねばならぬ、その中で人は悲しみ呪い恋をし落胆し邪な考えさえ起こす。それでも信仰に生き様とする

人々を貴様が何だ。煩悩を酒で紛らしただけじゃないか煩悩とがっぷり四つに組んで、その力を創造に向け

た事が一度でも貴様には有るのか?貴様には
の心など一つも無いのだ馬鹿物………っ」とまた俺を殴った。

未だ説教は続く。「法華経は教えているではないか
提婆達多が良い友人だったために私は数々の神通力を得

たと。また不軽品に
避け走り遠く住して猶を高声に唱えて言はく。我れ敢えて汝等を軽んぜすと。お前はこ

の経の寛容の心を見習うべきだ。新興
宗教の人々を馬鹿にする前に。私の言いたい事はそれだけだ」と住職

は俺の前を去ろうとした。 俺は「この前、自殺しようとして助けられた女の亭主です。私も立ち直りたい

のです」と言って土下座した。すると住職は「貴方は仕事をする事が必要です。私の直感では貴方の人生に

も苦しく辛い事が有った様ですね、そんな事
 

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