哀れなる魂  破の段 第5部 東京五輪の日に

俺は偶然、息子が遊んで貰っている時にこの青年と会った。「息子が何時もお世話になります」「いいえ、

どう致しまして」 青年の時に俺はこの大財閥を憎んだ。戦争の原因は大財閥にあると信じていたからだ。

それは、そうだったのかも知れない。しかし戦後、財閥は解体され昔の力はもう無い。そしてその御曹子が

ここに居る。一体何が戦争を起こしたのだろう?そしてその戦争を起こした大日本帝国は瓦解し大財閥も瓦

解した。俺、個人に取っても一代で築いた栄光は完全に瓦解してしまった。俺はこの青年を見た時そんな事

を思った。
青年は大財閥が瓦解しても生活は安定している様だった。全く育ちの良いお坊っちゃんの人柄が

それを感じさせた。 

 しかし俺の生活はさらに瓦解して、遂に己が人生が瓦礫
の山に化すまで落ちる所まで落ちる様に思われた

。しかしそれとは対称的に化学工
業社長の家にはテニスコートがあった。三井氏の家の回りは欧州の異国情

緒を湛えるコローの絵に描かれた風景の様で日本的雰囲気とは程遠かった。或る時、俺の息子が人の家に咲

く薔薇を余りに美しいので取ろうとすると家の中から「行っけません」と片言の日本語が聞こえて来た。

 主人公の男の心を更に悲しくさせた。ノーブルな風景のイメージ場所は世田谷区深沢七丁目周辺、庭園は無原罪の基督教関係の建物私はこの周囲は見たことも有りません(私の出身はせいぜいさんやとかのどやがい)しかし偶然この辺を訪れた時、山口百恵の歌の赤い運命ではないけれど「どこか見たような気がするのそういう街て皆様も有りますよねそこで私も全くの想像でこの物語に使いました。

 「そうだこの地は日本に住む外人の別荘地だったのだ」と改めて思った。そして2つの修道院から夕暮れ

近くになると聞こえる鐘の音など誠に回りは豊な雰囲気に満ちていた。街を歩くと或る少年は俺に慣れなれ

しく声を掛けた。「モーターボートを僕のお父さん持っているの」ふと見るとガレージにモーターボートが

有った。

 俺の人生の全盛期ならばこんな物は幾らでも買えたが………これらの有産階級の暮らしは零落れた俺の心

を貧しくさせた。その事が俺にま
たまた酒を煽らせた。さらに俺に取って悲しい事が続く。 智恵子は俺に

離婚状を出した。俺達は離婚した。そしてこの美しい街も離れなければ成らなくなった。経済的にもう限界

だったからだ。

 しかしこれからが俺の人生の素晴らしさだ。智恵子は細々と母子寮に住んだ。しかし俺はそこに転がり込

んのだ。人の良い智恵子は断り切れない。当然、母子寮だから男子など居ない。まして1度離婚した女の家

へ、みっともない最も恥さらしな生き方だ。 そして隣近所の女性が遊びに来ると母子寮なので男は居ては

行けない原則なので、どうしたと思う?俺は、こそこそと押し入れに隠れて息を潜めていたのだ。ただ智恵

子の女手で稼ぐ僅かな銭で酒を飲むために大の男がそうしたの
だ。

 更に智恵子は生活保護を受け俺は、その中から飲みしろを搾取した。そして大晦日が近付く、暮れになる

と、どの仕事も忙しくなるが。ところで智恵子は遂に行商までしなければならなくなっていた。普通の会社

勤めをすると俺、は、のこのこ、そこへ出掛けて飲みしろを、せびりにさえ行った。遂に智恵子は会社勤め

をしなくなった。そして俺が始めさせた様な物で有る行商も暮れは忙しい。

 仕事もせずぶらぶらしている俺に智恵子は「手伝って」と言ったが、遂に俺は手伝わなかった。暮れは只

でさえ金が必要だと言うのに。 そして正月になるとまた酒を馬鹿飲みして、そして叫ぶ「せっ、せっ、せ

っ、せっ、洗面器、洗面器」ダッダッダッダッと洗面器を持って来ると、あの仮名手本忠臣蔵の塩屋判官


切腹の時に
由羅之助が来てくれた時と同じ気持ちが切々と込み上げる。「待ち兼ねたぞー!」とばかり洗面

器を突き抜ける様に顔を突っ込み反吐を大噴出させ
る「オ、オウェーイ、ゲロゲロ  ゲロゲロ …ビチー

ッ、カックン」蛙の真似をする漫才師みてえだぜそして胃の調子も悪くなり物も食えず痩せ細り叫ぶ「智恵

子よ〜んよ〜んよ〜ん…………」と情け無い声で、しかし、また直るとケロリンと酒を飲んだ。                    

頭痛・生理痛・歯痛にケロリン 内外薬品株式会社

それだけなら未だ良い。俺は根性のひん曲がった天邪鬼になっていた。智恵子が外で仕事をしている時に

たまたま漆の木の下で休んだ。智恵子は皮膚が弱い体質で被れた。俺は早速、皮膚の塗り薬を隠したのだっ

た。 そしてまた酒だ。若い時にゃ、あれ程、綺麗好きだったのに風呂に1カ月近くも入らなくな
っていた

。その薄汚い爪には黒い垢が詰まり、おまけに、その手は小刻みに震え、コップになみなみと注いだ焼酎を

飲む「ゴクッン、ゴクッン、ゴクッン、ゴクッン、ゴクッン」と、そ
して口をポンと弾ける様に破裂音を発

して開けて「あ………………………………………………っ」と感激の声を上げながら言うのだった。「あ…

……………………………………………………………生き返った。あ………………………………………………

………生
き返った」と。

ところで推敲の話を知っているか?
閑居鄰竝少なく、草径荒園に入る、鳥は宿る池中の樹、僧は推す月下

の門)……思い出したかい?賈嶋
が詩を作る時の寓話の故事で文を作る時、何度も考え直す例の故事さ。文

章は推敲
が大切な様に人生も何時も自分自身の生き方を推敲しなきゃね。

 酔生夢死の人生で俺がやった事は酒に酔って自分自身の大切な人生を酔って敲く酔敲だぜ。ところで昔、

俺は精神薄弱児が自分で自分の頭を手で殴って
痛めつけているのを見た事がある。哀れだと思った。しかし

俺のやった事は

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