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哀れなる魂 序の段 第1部 不思議な老人

くに置き待った。

 時刻8時15分………待つ事10分。来た。暗いアパートの入り口に黒いベンツが止まった。私はその前

、浴衣に着替えて顔にひょっとこの面を被っていた。相手を油断させるために。私は暗い路地に隠れ、昼か

ら用意していたポリのガソリンに火を着けた。

 たちまち火は火柱となった。「大変だ」大音声を上げ秦の方え走った。手には消火器を持ちながら僅か5

〜6メートルの距離に近ずいた。

「助けてくれ!手伝ってくれ!」子分は3人いたが2人は炎を見に行った。

 残るは1人。私の進行方向にはアイドリングしたままの黒いバイクが在った。護衛の2人は炎を見に行き

残りは1人。私は行きなり残る1人を突き飛ばすと、背中の方に隠していた柳木刃包丁を「死ね!」と秦、

目掛けて刺した。

しかし、秦は以外に敏捷で、私の1撃を避けた。直ぐ突き飛ばされた子分が私に向かって来る。手に持った

消火器の泡を2人にぶっかけ、アイドリングしたバイクに乗って風の様に逃げた。

 ほんの1瞬の事だが、私は興奮のだったが、「失敗した………」と思うと私の心に落胆とも安堵ともつか

ぬ感じが広がった。

 機動力の在るバイクに車が追い付ける筈もない、ヤクザが追い付けないと分かると、私は消防署へ電話を

掛けアパートの消火を頼んだ。もっとも消防署はアパートの目と鼻の先なので安心はしていたが。

 私は計画通り目的の場所へ着いた。そこは身寄りの無い老人達の納骨堂だ。玉川の河川敷きに大きな石碑

と、その地下に家が1件、入る程の納骨堂で私の寺が管理していた。

 鉄の南京鍵を開け、鉄の左右に開く引き戸の扉を開き、真っ暗な堂内に入り、いつものジーパン、トレー

ナに着替え懐中電灯を照らして中を見た。

 正面に観音、その横に多くの骨壺が眠っていた。そして骨の安置していない壁には向かって左にの図と向

かって右に仏、菩薩の
絵が書かれて在り、中でも餓鬼道の鬼は今にも動きそうに見事だが仏、菩薩は確かに

見事では在るが仏、菩薩の魂が入っていない気持ちが前々より私は感じていた。

 蒸し暑く薄気味悪い所だが私は良く1人でここに来る事が在って慣れていた。懐中電灯に照らした腕時計

を見ると9時。私はどっと疲れを感じ香炉と経机が在る、前方の1段高くなっている広間に昇り横になった

。埃ぽさ暑さ香の匂いが1遍に私を包んだ。が、私はうとうと、と眠ってしまった。

 そして寝汗の中で目覚めた時、真っ暗闇に時計を照らすと12時7分。懐中電灯を足元に照らし鉄の扉を

開いて外に出た。

※補足 この話は気付いた方もいらっしゃると思います。御存知の様に中国の伝説、黄石公が張良に兵法書を与えた伝説を基にしています。下の絵は曽我蕭白が画いた。黄石公と張良、原文と小さな説明をポップアップで紹介します。画面クリック下さい。

 驚いた事に真夏と言うのに1面、深い霧が立ち込めていた。もっとも春は霞み、秋は霧だから夏は何と言

って良いのか分からないが。近くに在る水銀灯が納骨堂を闇に浮かび上がらせていた。

 と、次の瞬間、ぎょ、とした。納骨堂の脇に1人の人物が座っていた。年は50ぐらい体格はがっちりと

してサマースーツを着、水銀灯に輝き出された、その顔には品格と威厳が在った。

 ミケランジェロのモーゼを思わせる堀の深い顔と、髭は生やしてはいなかったが他を圧する気迫がみなぎ

り確かに伝わってきた。髪に白い霜が降り懸かる様に白が目に止まった。

 と、老人は、すくっ、と立つと私の方へ目を向けて暫くも目を捨て様ともせず見詰めながら私に向かって

来た。ぐっ、ぐっ、ぐっ、と迫って来るたびに。どき、どき、どき、と私の胸は高鳴った。

 と、いきなり老人は、にやり、と自信たっぷりに、真っ白い歯を見せて笑い左右の靴を脱ぐ様に引っ掛け

、子供が明日の天気を占をする様にぽん、と霧が掛かっている河川敷きの下へ放り投げた。

 そして威厳の在る声で「拾ってこい!」と命令した。私は頭に血が上気するのを感じながらも心の中で「

年寄りの事だし、仕方在るまい」と自分に言い聞かせ、また、何か、そうせずにはいられない様に思って、

すごすごと河川敷きの下へ行った。靴は夏草の中に入っておらずに、直ぐ見付かった。老人の所へ、すこす

ごと靴を持って行くと。

 「はかせろ!」とまた命令した。私はもう諦めていた。そして靴を見た時それがたいそう高価で、老人の

ネクタイ腕時計も大変高価で在ることが、それ等の物に興味の無い私にも直ぐ分かった。それ程の有名銘柄

を、この紳士は身に着けていた。いわれるままに靴をはかせ立ち去ろうとすると。「待ちたまえ、若いのに

我慢強い男だ、きっと見所が在る若者に違いない私の話を聞きたまえ」と声を掛けた。

 「それに君は、あの大富豪婦人の莫大な宝物がどこへ行ったのか知りたくは無いのか?」と言った。私は

思わず振り向き。「貴方はなぜ知っているのですか?」と言った。私は何故この老人がその事を知っている

のかと驚いたが この事件に、この人物は深く関わっているかもしれないと思い不思議な雰囲気を持つこの

老人の話を聞く事にした。 

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