原田俊介のページへ 

哀れなる魂 序の段 第1部 不思議な老人

カットも、ドロップ、マーキス、ハートカット、ローズカット、ブリオネットなど色々なカットがあった。

 時計は金製で文字盤がダイヤ、胸飾りは美しい透かし彫りの金細工にダイヤがちりばめられ、ブレスレ

ッドは金で縁どられた大きなエメラルドが、ぐるりと腕を巻いていた。さらに全体にふっくらとして丸い顔

の上に掛けてある眼鏡、今は厚ぼったい瞼の上にある、それは白金で細かいダイヤがちりばめられてある。

そのほか4連の真珠のネックレス、正装風の白い簡素なワンピースの腰には金で美しく象嵌されたベルト、

耳たぶからは重そうに宝石のイヤリングが垂れていた。

 「何と豪華な!」と私は瞬間悲しみとも無気力とも分からぬ感情が身体に広がるのを感じた。鹽谷温の詩

の転句(帝魂不返繁華盡)、帝魂
は返ず繁華、盡くが流砂が舞うように、さらさらと流れていった。

 古代エジプト人は死後2000年にして亡骸が保存されいいれば蘇る、と信じ死者の内臓を4っのカノピ

ックの壺に入れ亡き人を丁寧に保存し、墓には生前の莫大な、いや生前における住居は墓に比べれば質素と

言うから、生きている時よりも多くの力と富みを費やし、暑さの中に人を人間の心をも押し潰してしまう墓

に貴人を安置したのである。

 しかし、国は滅び貴人は蘇らず墓は暴かれた。暗い玄室、重い地下の溶岩の様な暗い閉鎖的な情念の気配

の墓を残したのみであった。

 私の眼前に美しいが不気味な人形棺や貴人の黄金のディスマスク。昔、古本の鼻を突く匂いの中で見た蘇

なかった貴人達の亡骸の写真。彼
等、王侯が切に切に願った蘇り、その望みはついに適わず決して美しくな

い、いや、むしろ気味の悪い姿を見せた写真が心に浮んだ。

 この婦人も死んでは高価な富みも空しいと言う悲しみと古王朝、中王朝、新王朝の長きに渡って、ほとん

ど変化しなかったエジプトの無表情な石像の薄気味悪さが、心を支配していた。

 メソポタミア文明が変化流転を繰り返した文化芸術であったのにエジプトは殆ど様式の変化に乏しかっ。

私の心も、この変化しない文明に魅了されたのか暗い押される様な重い気分は「変化しないかの様に」澱ん

いた。  

 あれは私が中学2年の時でしょうか杉並区だと思いますが河を埋め立てその上に盛り土をした遊歩道が有りました。一緒に居たのは同級生の小林裕二君だったでしょうか覚えておりませんふと下の地面を見ると排水溝に良くある鋳鉄の格子状の蓋の上に居る事に気付きました。上から見る構内は広くやっと内部を見る事が出来た記憶が有ります。もう黄昏時で当たりは顔が仄かに見える程度の光だったでしょうか尚もしつこく見ていると老人が居たので「この下の部屋は何ですか?」「身寄りの無いお年寄りの納骨堂だよ」それだけで終わりです。しかし妙にその記憶は印象に残りその日は余り寝付かれなかった様な気がします。その理由はハムレットの戯曲の中に彼を可愛がっていた道化だったと思いますがその死から数年を経てその道化の遺骨を見て感慨を陳べる台詞が有るのですがその様ななにか無常感を感じたそれと同様な物を子供心に深く感じたのかもしれません(ハムレットの場面は記憶違いかもしれません)そしてその場所にはその後二度と訪れてはいませんしもう場所も解りませんし行けないかもしれません何と申しましょうか人生の終焉のそれも暗い印象として心に残ったのでしょうか。下は世田谷区豪徳寺これも昔、兄とどちらが言い出したのか豪徳寺にでも行ってみようか真夏の暑い日その時、偶然納骨堂が開いており仏様が見えました。(弥勒菩薩です)この二つの印象がこの物語の部品になっています。物語は全くのフィクションですがもしかしたら全国のどこかに河川敷に納骨堂など或る所もあるかもしれません。人の思い出は妙な所で物語の部品になったりする物です。
豪徳寺紹介有ります。

「そうだ座禅をしよう。次いでにここで眠くなったら寝てしまおう、まさかとは思うが、この装身具を盗む

奴も居ないだろうが泥棒の見張りにもなるし」 そう独り言を言った。ふと暗い情念が支配した事もあって

、その気分を払うため、ドライアイスを入れ蚊取線香を着け
座褥と丸い1尺2寸の布団を置いて電気を消し

て結跏趺坐して小さな蚊取線香の灯を見て調身、調息を始めた。数息感を続ける10、9、8…………

とその時、重苦しい恐ろしい気配を感じた。ズシ、ズシと廊下を迫る確かに人の気配それも大きな男だ。

 私はなぜか直感でそう思った。瞬間、直ぐ泥棒と思った。古代エジプトでも多くの財宝が盗まれた。盗ま

れなかっ墓は信じられないくらい少ない。今も昔も泥棒は変わらない早く装身具を守らなければ。と思った

が信じられない事だが体が金縛りになった様に動かない。…………声も出ないのだ。焦れ

ば、焦るほど動こうと思えば思うほど、その努力をあざ笑うかの様に努力は逆転した。

 「体力では誰にも引けを取らない俺が、畜生!」蚊取り線香以外は暗黒が支配する本堂に男はやって来た

。暗黒の中で信じられないが、はっきりとその巨大な影は見えた。 「信じられん!父は慎重な男だ、寺の

門と言う門、戸と言う戸は鍵を必ず掛けている

。この男はどっから入ったんだ」そして、私が動けない事に変わりはなかった。 男は、棺を静かに開ける

のが暗闇に響く音で分かった。不思議な事に闇の中で男の影の行動は見えた。驚いた事に片手で人形を持つ

様に婦人を持った。

そしてズシ、ズシ、と重い足音を残して去って行った。 彼が去ると、私は不思議と体を動かす事が出来た

。もちろん、明りを着けて棺を見れば空である。

私は、この泥棒はヤクザの秦だと分かった。こんな時、体が動かないなんて、悔しい、そして何と言う愚劣

な奴、父に恥をかかせ嫌がらせするために仕組
んだんだ。私が奴、秦を殺そうと決心したのは、こう言う訳

が在ったのだ。

 亡骸を盗まれたのを誰も気付てはいない。15日まで棺を覗くのは俺だけだ。婦人は玉川の河原にでも装

身具を盗まれ捨てられているだろう。それまでに奴を殺してやる。

 私は昨日の事を、ありありと思いだし計画を実行するために急いでいた。奴を殺す時間が迫っているから

だ。8月14日午後7時、時計を合わせた後、味の分からない夕食を胃に流す様にかっこんだ。

 私は急いで家を出た。雀荘で知り合ったヤクザ。これは秦に対立するヤクザが、私に冗談で奴を殺せば助

かる自分達の手を汚すのは嫌だからとの話となり、このヤクザの話しから街の某所、某の愛人宅へ木曜日8

時30分に必ず現れる事を記憶していた。時計は7時15分。私は急いだ。そして某所へバイクで乗り付け

、アイドリングしたまま近

前頁−3−次頁
目次へ戻る