大日本帝国は敗北したのだった。敗北は予想していたが、それよりラジオから流れた天皇陛下の御声が実
に女性的なのに愕然とした。そして文体も俺達が喋くる言葉とは全然違うし、何よりも、何だか天皇陛下に
は誠に失礼であるが宇宙人とは話した事は無いけれど、若しそんな物が居たら陛下はそう言う人が喋ってい
る様な口調の喋り方の様な気がした。
独特の抑揚で喋る陛下、大元帥…………。昔、俺の青果業の店に壺内大佐と言う人が遊びに来ていた。そ
の人の事を俺は「おじさん、おじさん」と気安く呼んでいたし、良い人だった。しかし軍隊に入ってびっく
り仰天、大佐何て軍隊じゃ神様だよ、ましてその上の大元帥が女性的で弱々しく…………。
俺達は一体何のために戦ったんだ。何物かが崩れた。帝国………現人神…………敗北…………むしろ女性
的大元帥そんな思いが渦巻いた。
俺は、そしてその時、自分がもう帝国軍人になっていた事に気付いた。あれ程嫌だった軍人に俺は成ってい
たのだ。何故なら敗戦で軍隊が無くなってみると、ぽかーんと自分自信を無くしているのに気付いていた。
本当は嬉しくなければならない筈なのに、ぽかーんとしている自分自信に気付くのだった。
「どうだい」老人は私に話し掛けた。「これが俺が君達ぐらいの年頃に経験した戦争と言う物だ。名も無
い1兵士の体験だ。こんな嫌な心の記憶を体験したのだ。いいや中にはもっと酷い戦争体験を持つ兵士がざ
らにいる。この俺1人の名も無き兵士の記録は中国に行った殆どの兵士の共通記録なのだ」
私は初めて戦前の若者の暮らしや兵士の生活の一端を知った。教科書にも出ていない歴史であった。そし
て私はこの時代の若者が可哀想になった。そう思っている内にも老人はまた話を始めた。
「俺はなこの後、留学する事になったんだ。その事を話してやろう」「え、素晴らしいですね留学だなん
て」「ああ留学なんてめったに出来る事じゃないからね。そこで体験した事を話そう」といかにも冗談めい
て皮肉っぽい口調で話を続けた。
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