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哀れなる魂  破の段 第2部 或る無名戦士の記録

気を聞くと幽艶で格調高雅がな趣の香りがした。

 後で祖父に六国五味の香木を聞かせてもらい、集古館のそれが伽羅と言う香木で有る事を知った。その話

を聞いた祖父は沈香の内でも最も高級と言われる伽羅の香木で■■と銘の在るこの香木を俺にくれたのであ

る。

 俺は斑鳩をで香鋸で2つに割り1つを■■の■もう1つを■■の■■、名づけその■■の■■を薫にあげ

、■■の■を俺が持っていた。

 伽羅は梵語のKaagraの音写である。黒沈香、まさに今の薫の身の上を暗示している様な名前だ。水

に浮かべると普通の木とは違って
沈むこの香木。苦界に沈んでしまいながらもなを不思議な艶やかさをこの

女は匂わせている。


 また伽羅は土中に埋もれたり細菌によって朽ちたりした木が、病気の木が伽羅になるため極めて取れる量

が限られている。この不治の病の薄幸の香の精は伽羅の化身の様に思われた。なぜなら苦界は女の徒
っぽさ

を病は独特の色気を女に与え、ほんの少ししか取れない沈香の王、
伽羅の艶めかしさをこの女に与えた様に

思えたからだ。

 俺には高価な伽羅への憧れがあった。初恋の薫にも憧れがあった。しかし、俺は■■の■■を薫に与えた

のを後悔した。沈香と、沈む事で美しさを現した女とは香木を与えたため運命が一致してしまった、沈香と

沈んだ女と運命が一致した様に思えたからだ。その魅惑的な香木と共に沈み込んだ女、薫は、やや上目使い

に俺を見詰めながら。

 「私を恨んでいる?……ねえ、何とか言って」と甘える様に言った。俺は暫く何と言って言いのか分から

なかったが俺は安い田舎芝居の様な台詞を真剣に言った。「薫、恨んでなんかいない愛している。この世界

に居る、どんな美しい女よりも、どんな高貴な女よりも世界で、たった1人お前だけを誰よりも愛している

。お前は、たった1人俺だけの物だ」薫は俺の胸に顔を埋めて泣いた。………… 薫の父は大蔵商業を首席

で卒業した。しかし社会では小学校をしか出ていない俺の親父の方が金儲けが旨く尊敬されていた。薫の父

は変人であった。しかし、そんな俺の親父を薫の父は腹に据えかねていたのか下らない嘘の金儲けの話に引

っ掛かって夜逃げをした。そして囲い物へ、俺と会ってからは遂に流れ流れてこの有様になった。と俺に話

した。

 薫は悲しそうに「帰って……そうしないと病気が移ちゃうから私、嬉しくって、そんな事、忘れていたけ

ど胸を病

んでいるの」と言い出した。しかし、その病の風情は確か荘子と言う本に出て来る話に、昔、美しい女が胸

を病み、病んだ風情が物悲しく余りに美しく醜女
までが病んだ真似をしたと言う。その昔の美女でさえ今の

薫に適うまい、かくも美しくは無かっただろうと俺には思えた。 俺は「薫、生きるんだ、そして俺と所帯

を持とう体もきっと俺が元に戻す今度また来る、それまで少しでも体を良くするんだ」薫は大きく頷いた。

俺は後髪引かれる思いを断ち切る様に中隊へと帰って行った。

 一体、この慰安所と言う奴がどれだの女性を犠牲にしたのだろうか。殆どの女性は朝鮮の女性だった。そ

して朝鮮ピーと蔑まれたのだった。もし朝鮮人女性の指を切って緑色の血が出るのなら俺も朝鮮ピーと馬鹿

にもしよう。しかし、そんな事がある物か俺達と同じ赤い血が出るのだ親も兄弟も有るのだ。挺身隊の美名

の元に五〜七万人の朝鮮人女性が慰安婦にさせられたのだった。

 これが天皇の軍隊、皇軍か!これが大東亜の解放か!1人で1日、300人の男を相手にした慰安婦も居

ると言う。俺は自分のやった事が恥ずかしかった。

俺は、一体何のために戦っているのだ。そう思わざる得なかった。 そして次の休日が来た。俺はその時、

大塚少尉の当番兵をしていたから、或る程度、炊事班の品物を自由にする事が出来た。そこで俺は、ちょろ

まかした卵や肉の缶詰を薫に持って行ってやる事にした。そしてお菓子も一緒に持って行ってやる事にした。

 俺は考えていた。どうしたら女を救えるのだろう。あのままでは薫は必ず死ぬ。かと言って、もう内地に

は帰れるだろうか?であれば薫は健康な時とっくの昔に内地に帰っている筈だ。もう、どの面下げて内地に

帰れるのか、それが薫の、いや全ての日本人慰安婦の気持ちだろう。かと言って女は確実に死ぬ事は明らか

だった。

 俺は決心をした。女を連れて逃げる、しかし脱走兵と病気の女連れ、死ぬ事は明らかだった。最後になっ

たら心中でもするか、でもどうして死のうか将校には渡されているから、それを飲めば良い。いや考えまい

、どうせ日本軍が俺達を殺すだろう。俺は薫の所へ急いだ。死ぬ事は怖くはないどうせ明日、死ぬかも知れ

ぬのだ。 慰安所へ行くと朝鮮の女が相手だった。「結核の日本人の女は?」と言うと直ぐ女は案内した。

薫から俺の事を聞いていたらしい。ところが薫は、もう虫の息だった。この前の朝鮮人慰安婦の女性が薫に

着いていた。「昨日一杯血を吐いた」と、ただ一言、小声で俺に耳内した。「薫しっかりしろ俺だ」薫はに

っこりと苦しい息使いの中で頷

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