1943年10月21日の青春⑯

哀れなる魂　　破の段　第１部　１９４３年１０月２１日の青春

	さすがに朦朧として俺は少し千鳥足で、何時しか女が自分の性を男に売る所、男の性欲を満足させ、それを商売とするのを公が認めている区域「特飲街、赤線区域」と呼ばれる場所へ足を踏み入れていた。　そして、ふらふらしている俺に１人の酔っ払いが、ぶつかった。「御免よ」彼は俺に謝った。俺は頭がボーとしていて、何も言わなかった。　すると酔っ払いは、「ちぇ！おつぎすましやがって、そんなに気取るなら、こんな所に来るなよ人間何て所詮、消化器と性器が手と足を付けた生き物みたいなもんだ欲望に手足が着いた生き物だって西鶴だって言って言るじゃねいか馬鹿野朗！」と俺に罵声を浴びせた。　俺は、ふとこの酔っ払いの言葉は在る真実を含んでいる気がした。俺は在る娼家の前に居た。娼家は例外なく外装はカフェ風に成っていた。屋根の所にネオンでその店の名前が書いてあった。「桃下源、喜楽、フランス座、」酔いが回って来ると不思議に薫とあの狒々爺の絡み合った姿が脳裏に浮かぶ、その狒々爺の姿が俺の親父の姿とも重なった。　母に優しい言葉すら掛けず自分は愛人の所にのうのうと通っている親父の姿と狒々爺の姿とがなぜか心の中で重なり会った。　俺のもう１つの心が小さく小声で囁いた。「女を忘れるのは女さ、女でも抱いてあんな女の事は忘れろよどうせ、あの女は金で転ぶ女さ、お前の事なんか心じゃ馬鹿にしてるぜ、畜生！」俺は悔しさが込み上げて来た。　俺の眼に、と在る娼家のネオンが眼に止まった。２階建の１階の屋根に「美人座」と紫色のネオンの字が在った。扉に菱形を縦にした赤い硝子が嵌められ、扉の上にも菱形を中心とした小さな単純な幾何学模様の色硝子が在った。　思い切って、その扉を引くと内部はがらんとしていて土間が在り、その土間の左手に机と椅子が在って、遣り手婆が座って居た。遣り手婆の背は１段高い板の間になって奥の壁を見ると額縁が６枚程有り、ここで働く女の白黒写真洋服、和服の胸像写真が在った。　それぞれの額縁の下には紙で女の名前が書いてある。「いの子、しか子、ちょう代、薫」遣り手婆は「お客さんどのが良い？」と聞いた。俺は、「左から４番の娘が良い」と言った。「薫ちゃんかい」　俺は腹癒せのつもりで薫と同じ名前の女を選んだ。あの女と同じ名前の女を肉欲の捌け口にしてやろうと思ったからだった。　婆は「ちょっと待って下さい」と言って、茶を持って来た。俺は「時間はショートにしてくれ」と婆に言った。ショートまたは、ちょんの間とも言う。要するに１～２時間で遊ぶ、後は泊まり込みで遊ぶかのどっちかだった。
	※参考画像の武内宿禰の１円札

	俺が茶を飲み終わると、「さあどうぞ」と言って板の間、奥の左にある階段に婆は俺を案内した。階段を昇り切った所で婆は「１円頂きます」と言うので武内宿禰の１円札を払った。　そして女は来た。１２月８日だというのに、これから裸になるのが便利なのか女は浴衣見たいな寝間着を着ていた。「どうぞ」女は髪の長い女で面長で平凡な感じのする、いや、結構良い女だったかもしれない。ふと、横顔を見ると口の形は良いが締まりと品が無いのが直ぐ分かった。　薄暗い廊下の奥の部屋の扉を開くと畳の外にベットと安っぽい小さな丸椅子だけが、在った。冬だと言うのに練炭火鉢さえ無かった。その殺風景の部屋を５０燭の電灯がやや暗く照らしていた。　俺は胸の高鳴りと女が見せる退廃した、だらしない感じ、投げやりの中に欲情を感じていた。女は俺が女の性の秘密、女の体の柔らかさ、暖かさ、滑らかさ、潤い………それらを知らない事を生堅いぎこちない態度で直ぐ見抜いた様だった。　女は「裸に成ったら、もう下着の下は火事でしょ」と言った。俺は、その言葉にまるで逆らえない様に無口でぎこちなく進省堂を出る時から持っている風呂敷に包んだ柳行李を放り出す様に畳に置き、服を脱ぎ白い下着の全てを脱ぐ、それを女は見ていた。俺は、もう男の興奮が確かに下着の下は火事の様に熱くなって行くのを感じていた。　女は小さな丸椅子に寝間着姿のままで左の膝を顕にし、まるで絵のモデルがとる肢体の様に左足を曲げ全身は立ちながら白い膝をその丸椅子の上に載せ俺を見た。　寝間着姿のその姿は仇っぽく益々、情を含んだ眼で俺を見て両手で軽く腰紐を解き、両肩を、すーと後ろにずらすと前で合さっていた寝間着が割れて中から女の裸身が映画の銀幕の様に顕に成っていった。　俺は寝間着が両方に離れて割れる事の驚きが、モーセがエジプトのパロに追われ紅海を割った時の人々の驚きと同じ様に思えた。胸元の襟から寝間着は離れ割れ行きながら白い裸身を次々に顕にして行った。２つの乳房、乳首、腹部そして秘密が……女の初めて見る裸身に性の興奮は高まり終にははち切れて畳の上に雨だれの様に間を置いて精液

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